川越城本丸御殿

保存修理工事ブログ

このページでは、工事の進捗状況を適宜お伝えしていきます。 RSSフィードを取得  写真コレクション

写真

永らくのご愛顧ありがとうございました。

平成20年10月に始まった川越城本丸御殿保存修理工事が平成23年3月に完了し、工事とともにはじめたこのHPも予定通り、完了後半年の期限をもって終了とさせていただきます。私が書いていることを知ってか知らずか、「楽しみに見てるよ!」と声をかけていただいたり、「最近、更新がないねぇ」(むしろ、これが一番多かったのですが、)とたくさんの方からご好評と励まし(?)の声をいただき、何とかここまで続けることができました。偏にご愛顧いただいたみなさんのおかげと感謝しております。5月頃にある方から「工事のHPは、今後どうなるの?」と質問され、「10月いっぱいで閉鎖です」と答えたら、「勿体ないよ。続けてよ!」と言われました。それもあって、『保存修理工事HP』は終了しますが、あらたに『本丸御殿HP』としてリニューアルすることになりました。内容は本丸御殿の近況や展示資料の紹介など、もちろんこのブログもご覧いただけます。引き続きご愛顧いただけるよう、スタッフ一同頑張りますので、今後ともよろしくお願いいたします。

(2011年10月25日)

写真

川越まつりの山車がやってきました。

すっかりご無沙汰しておりました。川越城本丸御殿も、おかげさまでたくさんの来訪者で日々賑わっております。先日、10月15日は川越まつりが行われ、山車が本丸御殿にやってきました。江戸時代にはじまった町衆のまつりで、普段のおまつりでも御殿と山車の取り合わせはほとんどありませんでした。ご訪問いただいたのは幸町と六軒町で、たまたま来城されていた観光のみなさんも、思わぬ光景に驚かれていたようです。

(2011年10月25日)

写真

JINがやってきた!

公開から約1ヶ月が経ちました。余震が続く中でも、日々たくさんの方々にお運びいただき、感謝しております。さて、このホームページもそろそろ終わりかなと思っている矢先に、熱心なこのページのファンの方から、「せっかくの記録なので閉鎖しないで欲しい」という声があり、TOPをリメイクして存続することに決まりました。これからも、四季折々の本丸御殿の姿やトピックをお伝えできればと考えております。  さて、4月のニュースとして、本丸御殿を使ってTBSドラマの「JIN]の撮影が行われました。計3日間の撮影で、主演の大沢たかおさん、綾瀬はるかさんらが張り詰めた空気のなかで熱演されていました。このドラマの時代設定が本丸御殿と同時代ということもあり、まさに本丸御殿が「適役」だったのかもしれません。今回撮影された分は、5月8日(日)・15日(日)に放映されます。映像の中の本丸御殿お楽しみにお待ちください。

(2011年4月27日)

写真

公開2日目!

初日の入館者数はあくまで特別な日だからと思っていましたが、2日目も朝から人の波は絶えることなく、昼までに昨日を上回るような勢いでした。とはいうものの、公開直後のような大混雑もなく、大行列になることもなく、私たち担当者は不具合の調整に走り回っていました。裃姿のボランティアのみなさんも、心なしか立ち姿が板についてきたような気がしました。廊下でみなさんの話し声を聞くとはなしに聞いていると、「すごいね!。」とか、「たいしたもんだね!。」といった声もあり、廊下板の「矧木(はぎき)」を見て感心する方や広間の杉戸絵の前で腕組みをしながら見続ける方を見ながら、感激しておりました。そうこうしているうちに、4時30分になり、受付に入館者数を聞くと、「2500名は届かなかった」とのことでした。要するに2日間で4000人近い方々にお運びいただいたことになります。担当者としてこれ以上の喜びはありません。この場をお借りしてお礼申し上げます。

(2011年3月27日)

写真

一般公開しました!!!(その3)

3時までの1時間で約600名もの方が入館されました。職員一同、びっくりです。それからも人の列は途切れることがなく、4時30分の最終入館までで約1400名の方が入館されました。新設した展示室は8畳程度の狭い部屋なのですが、ご覧になるみなさんで大行列でした。初日にお越しいただいたみなさんには大混雑のなかでの見学でしたので、ゆっくりご覧になることができなかったかも知れませんが、大きな事故もなくご見学いただけたことに安堵しているところです。みなさん、どうもありがとうございました。

(2011年3月26日)

写真

一般公開しました!!(その2)

当日は3月末とは思えないくらい、寒い日になりました。午前中のセレモニーが中止になったため、博物館への問い合わせもあまりなく、このままでは寂しい「テープカット」かな?と職員一同心配していました。実際、1時30分頃は3~40人ほどの方がいらっしゃってくださり、少しほっとしていたところでした。しかし、テープカットの頃には6~70人くらいの人数に増え、地味ではありますが、和やかなテープカットになりました。ところが、みなさんが入館されはじめるとあっという間にものすごい人数になり、これまで見たこともないような行列になりました。。

(2011年3月26日)

写真

一般公開しました!(その1)

震災の被害はさほどありませんでしたが、電力事情等により公開の準備に手間取ったものの、3月26日(土)、午後2時から一般公開を開始しました。「小江戸川越春まつり」の中止により、竣工式も取りやめになりましたが、一般公開に先立って「テープカット」のみを行いました。テープカットは本丸御殿を管理する川越市立博物館長とお集まりいただいた方の中から男女1名ずつを代表とさせていただき、計3名で行いました。また、写真のように裃(かみしも)姿の博物館市民ボランティアも館内案内としてお願いし、見学者の対応にあたりました。

(2011年3月26日)

写真

震災お見舞い申し上げます。

3月11日の地震では川越も大きな揺れを感じました。罹災者のみなさんにはお見舞いを申し上げるとともに、一人でも多くの方の無事をお祈りいたします。本丸御殿は今のところ大きな損傷もなく、担当者として安堵しております。しかし、これからも余震が続くという予想もあるので、建物を見守るしか術はありませんが、安全にご覧いただけるよう注意していきたいと思います。東北のみなさんにおかれましては、まだまだ大変な時期が続くと思いますが、いつの日か笑顔で訪れていただける日が来ると信じてお待ちしたいと思っております。

(2011年3月13日)

写真

障子の貼り替え作業です。

川越城本丸御殿保存修理工事は工事完了の検査も終わり、まもなく施工業者の松井建設から川越市への引渡しが行われます。これに続いて、みなさんにご愛顧いただいた仮囲いが外されます。いよいよ本丸御殿の全貌がご覧いただけることでしょう。一方、内部の公開に向けての準備もはじまっています。その手始めが障子の貼り替えです。本丸御殿と家老詰所を合わせると約100枚の障子があり、これをすべて貼り替えるのですが、まずは障子紙をはがす作業です。博物館には15日から市内の山田・芳野・霞東・城南中学校の社会体験事業で中学生が来ており、のべ10人の生徒たちがこの作業をしてくれました。みんな最初は要領がつかめずとまどっているようでしたが、だんだんコツをつかんだようで、手早く仕事をしてくれました。手伝ってくれたみんな、ありがとう。君たちも保存修理工事の協力者だからな。

(2011年2月17日)

写真

片づけ作業もはじまりました。

工事も最終段階に入り、大工さんの仕事がほぼ終わったため、仮設作業場が撤去されました。見学会にご参加いただいた方には、ここで鬼瓦をご覧いただきました。長い長い工期もまもなく終了です。さまざまな技術を見せていただき、いろいろな勉強をさせていただいた棟梁が、黙々と作業をしていたのが思い出されます。大工さんはじめ、今回の工事に携わってくださった職人さんたちに感謝と今後の活躍をお祈りいたします。

(2011年1月16日)

写真

新年なのでまとめてアップしてます。

(仮称)倉庫棟の第1展示室は車椅子の方にもご覧いただけるよう、廊下にスロープを設置しました。トイレもご利用いただけるように多目的トイレを設置しました。車椅子でご見学の方は、見学前に受付にお申し出ください。

(2011年1月16日)

写真

遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。

すっかり松もとれて久しくなりましたが、新年のご挨拶を申し上げます。 本丸御殿本体の工事はほぼ完了し、(仮称)倉庫棟の工事が粛々と進んでおります。写真は南側からのものですが、従来の腰窓は解体の結果、掃きだし窓と分かりましたのでこのように復元しております。手前の部屋は「第1展示室」で、ここに修理に関する展示を予定しています。奥の部屋はトイレで、これまでは狭く暗いものでしたが、明るくきれいな便所にしました。まもなく完成です。

(2011年1月16日)

写真

倉庫棟工事も進んでいます。

今年度に着手した(仮称)倉庫棟の工事も荒壁が完了し、内装工事に入っています。今は土色の壁も、まもなく漆喰で仕上げられ、来年は白壁が紅葉に映える景色になると思います。

(2010年12月9日)

写真

新しい畳の香りは・・・

本丸御殿の工事は内装工事もいよいよ大詰めになりました。座敷内には真新しい畳が敷かれ、その香りのよいこと。今回新調した畳は計139枚。一歩はいると、新畳の香りが充満していました。ここでゴロゴロしたらという欲求はぐっとこらえて打合せをしていました。香りはもちろんですが、写真のように約30数メートルピシッと目の通った畳は職人さんたちの腕のよさを物語っており、もはや美しささえ感じることができます。畳はすべて特注ですが、部屋の隅の畳は部屋のかたちに合わせているため、いわゆる「変形畳」でこの配置以外のところには敷くことができません。返す返すも香りをお伝えすることができず残念ですが、公開後はご見学の皆さんにもこの畳の感触を味わっていただけることと思います。

(2010年11月12日)

写真

御殿の中に照明が点きました。

内装工事もいよいよ最終段階。本日は照明の取り付け箇所について打合せをしました。廊下などの一部は取り付けが終わっているので、試験的に点灯してみました。天気が雨模様のため、御殿内は薄暗いのですが、煌々とした明るさでないところが画像で伝わるでしょうか。全体の照明の設置はこれからさらに検討しますが、この光景を見て、改めて工事完了が近づいていることを感じました。

(2010年10月28日)

写真

(仮称)倉庫棟の瓦葺きがはじまります。。

本丸御殿本体と並行して進めている(仮称)倉庫棟の工事も順調に進んでいます。柱や基礎の補修も完了したので、すぐに復旧工事に入っています。大事な古い木材は屋根裏で見えなくなってしまいますが、その木材を保存する意味でも、屋根は重要です。瓦はもちろん、本丸御殿と同じ奈良産の瓦で古い瓦と合わせて使用します。内部はまだ間仕切りもありませんが、これからこちらの工事も忙しくなってくるものと思われます。

(2010年10月14日)

写真

壁の漆喰仕上げをしています。

本丸御殿の修理もいよいよ終盤に入ってきました。現在は御殿内部の工事が中心に行われ、とくに壁の漆喰仕上げが佳境です。職人さんたちもぴりぴりとした緊張感を周囲に発しながら、鏝の先に集中して塗り上げていきます。しかし、今年の異常な暑さは職人さんたちには厳しく、朝から汗まみれの日々が続いています。開館後は文字通り汗の結晶の「白壁」をご覧いただきたいと思います。

(2010年9月1日)

写真

(仮称)倉庫棟の解体をしています。

本丸御殿の南西隅に明治時代に増築された建物があります。この建物を「倉庫棟」と私たちは呼んでいます。この建物は当初一部を解体する予定でしたが、本体工事のための解体工事中に古い部材が使用されていることが判明したため、一転保存修理することになりました。これまでの調査で、外観や間取りが変えられていることが分かっているので、可能な限りの復元も実施します。解体する前はトイレと物置になっていましたが、今回の保存修理工事で、トイレを改修し、物置部分を展示室とすることになっています。展示室では保存修理工事の過程などがわかるような展示にしようと考えています。

(2010年8月4日)

写真

外壁の仕上げがはじまりました。

只今、外壁の漆喰仕上げをしています。裏側の壁から始まり、現在は表側も左官作業をしています。写真は上部の壁が漆喰塗り後で、職人さんは漆喰塗りの前の「中塗(なかぬ)り」をしています。「修理後の外観上の変化は?と聞かれ、「壁がきれいになります。」とこれまで答えてきましたが、実際に仕上がった白漆喰の壁を見るとあまりの美しさに鳥肌が立ってしまいました。職人さんもたくさんの文化財建物の修理にたずさわったみなさんなので、その匠の技にしばし見とれておりました。

(2010年6月26日)

写真

左官道具をご覧ください。

現在、工事のメインは左官作業です。作業の範囲は屋根の上から床の近くまで、建物のほとんどの部分に及びます。屋根の上では瓦の継ぎ目に漆喰を塗って雨漏りを防ぎ、壁は建物の内外の全ての壁に化粧を施します。場所によっては細かな細工が求められたり、幅の広い鏝(こて)では塗れないような狭いところもあります。そのため、職人さんはさまざまな形の鏝を使い分けて、作業を行います。写真にある鏝は今回の保存修理に使うために持ってこられているものですが、大きいもの、小さいもの、細いもの、首の曲がったものなど種類の多さが目を惹きます。これから左官作業は仕上げに入っていきますが、これらの道具が活躍することでしょう。

(2010年6月16日)

写真

第3回保存修理工事見学会を開催しました。

本日5月29日、第3回目の見学会を実施しました。今回の見学会は内装工事が主で、左官屋さんの貫伏(ぬきぶせ)と斑直(むらなお)し、木摺(きずり)のトンボ打ちの作業と、大工さんの廊下の縁甲板(えんこうばん)の補修作業を実際に見ていただきました。御殿内では柱の継手の説明もあり、見学者のみなさんも「匠(たくみ)の技」を楽しんでいただけたようです。どれも普段はなかなか見られない作業でもあり、みなさんの熱心な視線が職人さんたちの背中に注がれていました。見学会は今回が最後で、次にみなさんにご覧いただけるのは竣工後ということになります。工事はほぼ順調に進んでいますが、担当者としてはまだまだ気を抜けません。本日お越しいただいたみなさんには、竣工後にもご覧いただき、きれいになった本丸御殿をまたお楽しみただければ幸いです。ありがとうございました。

(2010年5月29日)

写真

外からの眺め

長かった桜の季節が終わり、新緑の眩しいシーズンになりました。 本丸御殿の修理工事も、覆っていた素屋根が取れ、足場も必要最低限のものを残し大部分が撤去されました。この写真は初雁球場駐車場の出入口から撮影したものです。前々回の報告でお知らせしました金色に輝く「葵の文」もご覧いただけるかと思います。お近くにお越しの際には、仮囲いの外からではございますが、現在の本丸御殿をご覧いただければと思います。現在の本丸御殿と言えば、3回目の現場見学会を企画いたしました。今回が保存修理工事中最後の見学会です。詳しくは、本丸御殿ホームページ、または川越市立博物館までお問い合わせください。

(2010年5月14日)

写真

百数十年の重み?

この柱は一体どこの柱でしょう? これは、玄関両脇の櫛形塀の柱です。写真で見るように明らかに曲がっています。しっかりと瓦で葺かれた重い屋根を、一本の柱でヤジロベエのように支えていたためです。今回の工事では、根元が腐った控え柱は交換しますが、柱を含む構造体はそのまま残します。当時の姿をこれからも皆さまにお見せするために、これからもまだまだ頑張ってもらいましょう。

(2010年4月25日)

写真

雨の日が続きますが・・・

4月に入ってから、天候不順が続いています。なので、今回はさわやかな画像をお届けします。表紙が変わったことにはお気づきと思いますが、あらためて玄関の鬼板の画像です。金箔仕上げの「葵の文」です。あまりに鮮やかなため、新調したように見えますが、解体前に使われていたものに金箔を施したものです。銅板がすでに黒ずんでしまったのに対し、燦然(さんぜん)と輝く「葵の文」が印象的です。現在、足場の解体を進めていますので、みなさんも外からご覧いただけると思います。

(2010年4月21日)

写真

ボローニャ大学のみなさんがいらっしゃいました。

4月12日、あいにくの雨の中はるばるイタリアから、お客様がいらっしゃいました。東京芸大主催の事業で来日されたボローニャ大学のみなさんです。世界的な都市計画家であるPier Luigi CERVELLATI先生をはじめ、イタリアの建築学関係の先生方が熱心に見学されていました。現場内のあちこちで立ち止まって、ときに熱く議論されている光景が印象的でした。こちらもイタリア語が全くわからず、みなさんのご希望に沿えたかわかりませんが、笑顔でバスに乗り込まれたのでお役に立てたかなと思っています。また日本にいらしたときにはお立ち寄りいただければ幸いです。 Grazie mille per la visita.

(2010年4月13日)

写真

桜もそろそろ散ります。

素屋根がなくなると、屋根の上の足場が急に心細くなりました。シートで囲われていると、あまり感じなかったのですが、地面が見えるようになったら高さを感じるようになりました。そのぶん見晴らしもよく、いつもは見上げるさくらも上から見下ろすことができます。今回は漆喰の真っ白な影盛とあざやかな桜のコントラストを撮ってみました。この足場もまもなく外す予定なので、このアングルの景色ももう見納めです。

(2010年4月1日)

写真

本丸御殿の大屋根が出てきました。

素屋根解体もほぼ完了し、本丸御殿の大屋根がフェンス越しにご覧いただけるようになりました。玄関部分は危険防止のため、シートが残っていますが、白い屋根漆喰が目をひく豪壮な瓦屋根は健在です。屋根の作業はまだ残っていますので、しばらくは左官屋さんたちの仕事ぶりも見られるかもしれません。修理前は漆喰細工が落ちてしまっていたり、風雨にさらされて黒ずんでいたため、存在感がなかったかもしれませんが、黒い瓦屋根の白い漆喰は屋根を引き締まった印象にしています。

(2010年3月26日)

写真

素屋根解体はじまる。

屋根工事もほぼ完了したので、素屋根の解体がはじまりました。約1年ぶりに太陽に当たることになりましたが、さっそく雨に降られました。これから屋根を支える鉄骨を外していきますが、作業の際、周辺の皆さまにはご不自由をおかけします。3月末にはフェンスの上に屋根を見ることができるようになります。巨大な素屋根がなくなると、あらっと思うほど本丸御殿が小さく見えると職人さんたちから言われましたが、皆さんはどう思われるでしょうか。担当者としては楽しみでもあり、不安でもあります。しかし、春の観光シーズンにギリギリ間に合ったというところで、ご勘弁ください。

(2010年3月17日)

写真

影盛製作中

鬼瓦の設置に続いて、その後ろ側につく「影盛」をつくっています。影盛は左官屋さんが漆喰を使ってつくりますが、中には瓦が塗り込められています。この影盛は瓦職人の親方が、瓦を適当な大きさに切って積み上げたとのことです。つまり、鬼瓦やそれを乗せる鬼台、そして影盛といったこの部分は、瓦職人と左官職人の共同作業でつくられているわけです。この写真はまだ影盛の「芯」に当たる部分で、この後白漆喰で仕上げられていきます。

(2010年3月11日)

写真

鬼瓦の留め方。

鬼瓦は7つの部品でできているとに書きましたが、これを屋根の上の鬼台に固定するため部品を全てつなぎとめる必要があります。つなぐ方法は銅線7本を束にして1本の強い銅線にしてそれぞれの部品をつないでいます。鬼瓦の裏側はこの後左官屋さんが漆喰で影盛をつくるため、ふさがれて隠れてしまいます。今見えている銅線は次の修理まで人目に触れることがないわけです。また、素屋根や足場も今後順次解体されるため、このような写真が撮れる期間も残り少なくなってきました。

(2010年2月26日)

写真

大棟鬼瓦が座りました。

屋根工事も最終段階を迎え、最後の大物である大棟の鬼瓦が据えつけられました。本来の位置に戻った鬼瓦の存在感は圧倒的で、ていねいに仕上げられた純白の細工漆喰とともに大屋根をより大きく見せています。鬼瓦の部分はこれから左官屋さんが鬼台(おにだい)と影盛(かげもり)を仕上げます。

(2010年2月26日)

写真

屋根の漆喰塗り工事

瓦が葺かれると、次は漆喰塗りの工事が始まりました。大屋根のように瓦が重なっているところは雨が入らないのですが、並べて置くようなところは瓦の隙間から雨が入ってしまいます。そこで瓦の継ぎ目を漆喰でふさぎ、雨漏りしないようにするために行います。漆喰は隙間を埋めるだけでなく、さまざまな鏝(こて)を使い分けて、美しく仕上げられます。写真は本丸御殿裏側に飛び出した「坊主部屋」部分の屋根の頂上、雁振瓦(がんぶりがわら)のヒモを仕上げているところです。この部分は雁振瓦の丸みに合わせて滑らかな曲面をつくり、両側を垂直に整えた仕上げになっています。左官屋さんも慎重に仕事をしており、見ている私も息が詰まりそうな気がしました。

(2010年2月13日)

写真

大棟の瓦工事をしています。

大屋根の瓦葺き工事がほぼ完了しました。瓦が葺かれると、何だか急に建物が大きくなったように感じます。現在は屋根の最高部「大棟」の瓦葺きの作業をしています。写真のとおり、大屋根の最上部に足場を取り付け、瓦屋さんたちが大屋根と同じように瓦を葺いています。縦横に張り巡らされているのは「命綱」となるロープで、皆さんここにベルトをつないで作業をしています。間近で写真を撮ろうとも考えましたが、今回は遠慮しました。

(2010年1月29日)

写真

唐破風に鬼板(おにいた)が上がりました。

いまだ輝きがおとろえない唐破風玄関に、シンボルである鬼板が上がりました。重さ200キロといわれる巨大な鬼板を10名ほどの職人さんが力を合わせて持ち上げました。鬼板は緑青(ろくしょう)を落として、一部を新しい銅板に変える修理を施しています。昨年の展示の際にご覧になった方は、その大きさにさぞ驚かれたことと思いますが、屋根の上に戻るとさほど大きく見えません。

(2010年1月14日)

写真

あけましておめでとうございます。(その2)

実は、この前のページは仕事始めの4日につくったのですが、アップロードを忘れていたため公開が遅くなりました。申し訳ありません。現場のほうは本日より作業が通常に戻ったというところです。正月なので何かおめでたい絵柄はないものかと現場監督に尋ねたところ、「玄関唐破風」の光り輝く銅板はどうかと答えがあり、その画像にしてみました。太陽光の反射を「初日の出」のイメージで撮影してみましたが、いかがでしょうか。今年も頑張って更新していきます。よろしくお願いします。

(2010年1月7日)

写真

あけましておめでとうございます。

日頃は当ホームページをご覧いただき、まことにありがとうございます。このコンテンツを立ち上げて1年数ヶ月、たくさんの方々からご愛顧の声やご意見をいただいております。とくに更新の間隔が長いというご意見も少なくなく、耳の痛いところではありますが、今年もみなさんに本丸御殿の修理状況をできるだけ「早く、正確に、わかり易く」をモットーとして、一層内容を充実させていきたいと考えております。完成まであと1年ちょっととなり、工事も佳境に入っていきますが、変わらずご愛顧いただけますよう重ねてお願いいたします。

(2010年1月4日)

写真

瓦を葺く工事が始まりました。

見学会の際に準備していた瓦葺きが始まりました。写真は北側「中ノ口」部分ですが、解体前の姿がよみがえってきました。現在、軒先の「巴瓦(ともえがわら)」が配置され、正面側から瓦が据えられています。この部分は解体の際に丁寧に外された古い瓦が葺かれ、職人さんたちも割らないように慎重に工事をしています。瓦は当初の葺き方と同じ「土葺き(どぶき)」で、微妙に寸法の異なる古い瓦を全体のバランスを見ながら据えつけています。

(2009年12月8日)

写真

第2回見学会を実施しました。(その2)

前回の見学会では内部をのぞき見る程度でしたが、今回は畳も壁もない状態での公開となり、解体前をご存知の見学者のみなさんにはある意味衝撃的な光景だったかもしれません。また、左官職人のみなさんに土壁の「小舞掻き」と「荒壁打ち」の実演をしていただきました。これも見学者のみなさんには好評で、見学されたお子さんたちが職人さんの隣で食い入るように見つめていたのが印象的でした。当日は事故もなく、概ね好評のうちに終了することができました。これも見学者のみなさんと現場のみなさんのご協力の賜物です。ありがとうございました。

(2009年12月3日)

写真

第2回見学会を実施しました。(その1)

11月28日(土)、第2回保存修理工事見学会を実施しました。当日はたくさんの方にお越しいただき、まことにありがとうございました。ご参加いただけなかった皆さんにはこの場にてその一部をご覧いただきます。 写真は2階仮設足場の状況です。屋根には瓦が載せられ、瓦葺きの準備にはいっていました。また、ポイントとしては先日銅板を葺き終わった玄関唐破風があり、まだまばゆい光沢を発していた銅板屋根がみなさんにご覧いただくことができました。

(2009年12月3日)

写真

小舞を掻く。

内部では土壁の作業が始まりました。これまでの本丸御殿の歴史の中で、壊されてしまった土壁を当初の土壁に復元する作業です。土壁は、このように格子状に割竹を組み合わせたものを芯にして壁土をつけていきます。これを「小舞」といい、この作業を「小舞掻き」と呼んでいます。割り竹を組み合わせたものに縄を編みこんで、より強固に固定しているところですが、最近はこの作業ができる職人さんが減ってきていると聞きます。蔵造り建物なども小舞が使われており、小舞がどういうものかは分かっていましたが、実際に作っているところを見るのははじめてで、興味深く観察させていただきました。

(2009年11月12日)

写真

瓦がいっぱい!

奈良から瓦が届きました。いっぱいとは言っても、まだほんの一部で、これからも進捗状況にあわせて運ばれてくるとのことです。ご存知の通り、瓦は焼物ですから気をつけて運ばないと割れてしまいます。これは瓦が多く使われるようになった古代の頃から当然のことで、一部が割れてしまうことを前提に余分に作って運ぶといわれています。しかし、今回の瓦は輸送中に割れたものは1枚もなかったとのことで、慎重に、大切に運ばれてきたということです。屋根には瓦下地がほぼ全体に貼られ、まもなく瓦葺き工事が始まります。

(2009年11月12日)

写真

玄関屋根の銅板葺き

本丸御殿のシンボル、唐破風の銅板葺きが進められています。今は素屋根の下にあるので、このようにまばゆく輝いています。解体前は緑青(ろくしょう)で緑色の重みのある屋根でしたが、この状態では風格が感じられない気もして、かなり違和感があります。年明けには素屋根が解体され、この屋根も外に出ます。職人さんもおっしゃっていましたが、雨に当たれば、あっという間に色が変わってしまうらしいです。今度の見学会では素屋根の下でご覧いただけると思いますが、再開館の時にはくすんでしまっていることでしょう。少し寂しい気もします。

(2009年11月6日)

写真

ラクガキ(その2)

前回に続き、大工さんが描いたと思われる絵です。これは正面側の廊下の床板の裏側に描かれたもので、獅子の顔が墨書きされています。目の部分には朱書きで別の線が入れられており、大工さんが描いた絵を棟梁のような上司にあたる人が修正したものではないかと推測されています。このような現場でのやりとりによって、大工の技術が受け継がれていくのでしょう。

(2009年11月5日)

写真

めでたい!

昨日発見された、建築当初の大工さんの「ラクガキ」です。棟梁たちが打ち合わせでもしたのでしょうか、神社風の建物の絵や「万字崩しの組子」かと思われる絵が目を惹きます。左側には「お坊さん」でしょうか、その前には「大福帳」があります。文字としても他に「御祝○」・「祷(旧字)」なども書かれています。天井板の裏側に描かれていましたが、何だかおめでたい図柄に見えます。このような「ラクガキ」は他にもいくつか発見されていますが、おいおいこのページでご覧いただきます。

(2009年10月22日)

写真

玄関の復旧

4849で報告した梁の交換のために解体した玄関部分が復旧されました。この部分は銅板葺なので、野地板が階段状の「段葺き(だんぶき)」仕様になっています。屋根は優美な曲面のまま大屋根に接続するので、その接続部分の処理が難しいと棟梁がおっしゃっていました。この入り組んだところの雨漏り対策を厳重にしないと、また解体して梁を交換することになってしまうわけです。

(2009年10月6日)

写真

野地板(のじいた)が貼られました。

小屋裏の補強が概ね完了したため、野地板が貼られました。野地板は建築当初の部材が多く残っていましたが、ほとんどは木が痩せてしまっていて再利用できませんでした。そこで当初の部材は保管し、新しい材で復旧しています。これからの工事は復旧の作業になりますので、どのようにもとの本丸御殿になっていくかをお楽しみください。

(2009年10月6日)

写真

現在の御殿内部

夏場以降、屋根上の作業が多かったため、御殿内部の状況をお伝えしていませんでした。そこで、内部の状況をお伝えします。建物のゆがみの修正を行ってきましたが、まだ完全に戻らないため現在でもワイヤーで引っ張って矯正しています。床部分の新しい部材は、これまでの改変によって抜かれてしまった「大引(おおびき)」を新規に入れなおしたものです。まだ壁はありませんが、床下の補強は着々と進んでいます。

(2009年10月6日)

写真

壁土作り

現場の一部に田んぼがあります。といっても稲を植えてるわけではありません。壁土を作っているのです。今回の保存修理工事では、壁を建築当初と同じ土壁にします。そのため、壁土が必要なのですが、この土は壁用の新しい土と本丸御殿の屋根葺きに使われていた土を混ぜたものです。これに藁(わら)を細かく切ったものを混ぜて寝かせておくのですが、状況を見ながら左官屋さんが時々写真のように混ぜなおしています。一部天井裏では壁塗りもはじまっていますが、本格的な壁工事はまだ先です。そのときによいコンディションになるよう、時間をかけて熟成(じゅくせい)しています。

(2009年9月5日)

写真

小屋裏の番付(ばんづけ)

保存修理工事もほぼ順調に進み、床下の補強が概ね完了したので、現在は小屋裏の補強を行っています。解体の際に瓦や野地板を外して骨組みだけになっているので、この間に小屋組(こやぐみ)の補強を行います。この作業が終わると、まもなく野地板が貼られ、瓦を葺く準備に入るため、天井裏の様子が見られるのも今のうちだけです。写真は小屋組の最上部です。小屋束(こやづか)に書かれた墨書きはいたずら書きではありません。中央に「へ又十一」、右に「ほ又十一」、左に「と又十一」と書いてありますが、これは番付です。本丸御殿は北東隅の柱を「い一」として東から西に「い・ろ・は・・・」、北から南に「一・二・三・・・」と番付がふられています。「又十一」は「十一」通りと「十二」通りの間という意味です。当時の番付が今もそのまま残っていることから、その部材が当初のものであることが確認できます。

(2009年9月1日)

写真

束柱(つかばしら)に貫(ぬき)を入れています。

本丸御殿には多くの柱が立っていますが、それにも増して床下には多くの束柱が立っています。束柱は写真のとおり、床を支える大引(おおびき)を支える短い柱です。上部は大引に枘(ほぞ)で差し留められていますが、これだけでは地震などの際に抜けてしまうため、隣り合う束柱どうしを繋ぐ必要があります。「貫」は柱と柱を繋ぐ重要な役目を持っています。写真を見ると長い貫が束柱に開けられた「貫穴(ぬきあな)」に通っているのがわかるでしょう。しかし、今回は座敷部分の東西方向を一本の貫で通すことになっているので、貫材は一度中央の束柱の先まで押し込んでから、手前方向に貫穴を通して引き出され、右端の柱の貫穴に納まります。これで、建物の足元が強固になります。

(2009年8月18日)

写真

柱の根継(ねつぎ)をしています。

しばらく更新の間があきましたが、もちろん工事は進んでいます。現在は柱の下が腐食している部分などを除去して、新規材を入れる「根継」を行っています。旧材と新規材の連結は「十字目違(じゅうじめちがい)」という手法を採用していますが、写真の部分は「金輪継(かなわつぎ)」という手法を採用しています。継手には多くの手法がありますが、部位によってどの継手が有効かが異なり、建物の角にあたるこの柱に対する力のかかり具合から考えると、金輪継が適切と判断されたようです。ご覧のとおり複雑な切り方をした継手で、その効果はもとより見た目の美しさも目を惹きます。

(2009年8月18日)

写真

小屋梁を交換しました。

先週、無事に新しい小屋梁が納まりました。吊り上げた新梁を少しずつ位置を合わせながら、元の梁の位置に落とし込みます。両端はホゾで固定されるのですが、そのホゾがぴったりと納まりません。おやっと思っていたら、このあと別の材がこの梁に荷重をかけるため、それを見込んで浅く入っているとのことで、新梁が最終的に他の材になじむのは3年くらい後になるだろうとのことでした。

(2009年7月22日)

写真

新しい小屋梁です。

腐朽した玄関の小屋梁の交換用新材です。とても大きなマツ材ですが、これを今度は玄関部分に吊り上げて納めます。写真は棟梁が手斧(ちょうな)ではつっているところですが、巨大な材をはつるには手斧が適しているとのことです。ただ、使い方は難しいようで、見ていると足を切りそうで怖いです。

(2009年7月10日)

写真

腐朽した玄関の小屋梁を外しました。

今回の保存修理工事で大きな問題の一つは、唐破風玄関の天井裏の小屋梁(こやばり)の交換でした。2年ほど前に天井裏へ上がってこの有様を見せられたときに、大変驚いたのといったいどうやって交換するのだろうと思ったことを思い出しました。解体前は他の梁の力もあり何とか壊れずに保てていたのでしょうが、写真の材木をご覧ください。端がボロボロになっていることが良く分かると思います。今回は玄関部分を解体して、このように吊り上げています。重さは180kgくらいかなと棟梁がおっしゃっていました。

(2009年7月10日)

写真

焼印!

今回の保存修理工事では、長い間に弱くなってしまった材は新しい材に交換し、明治以降に抜かれてしまった材は新しい材で補います。そこで新しい材には、このような「焼印」をつけています。これは次に修理するときに、この材は今回の保存修理で追加した材であると分かりやすくするためです。これまでの解体調査では、建築当初の材か、明治以降に入れられた材かを悩むことが少なくなかったのですが、これなら次の担当者には一目瞭然というわけです。この写真は床下の束柱(つかばしら)ですが、みなさんの目に見えないところに押しますので、修理後もみなさんの目に触れることはないかもしれません。

(2009年6月25日)

写真

屋根がきれいです。

これまでにも何度か写真を出しましたが、骨組みになった屋根はやはり美しいものです。整然と並んだ野垂木(のだるき)の隙間から垣間見える天井裏の小屋組も今だから見えるものです。工事も日々順調に進んでおり、現在は建物を持ち上げており、不ぞろいだった軒のラインも今は水平になっているということです。

(2009年6月16日)

写真

「本丸御殿保存修理工事関連展示」開催中です!

5月23日のオープン以来、たくさんの方にご覧いただいている工事関連展示ですが、もう会期も半ばにさしかかりました。フロアー中央に鬼瓦を置いてみましたが、そのインパクトは十分だったようで、なかには模型と思われる方もいらっしゃいます。解体作業中に現場のみなさんの意見を聞きながら展示した資料をシンプルに見せることを心がけました。もちろん、杉戸絵や藩ゆかりの甲冑なども展示していますので、あわせてお楽しみいただけると思います。なお、6月19日(金)から26日(金)までは館内消毒のため休館しますので、ご注意ください。

(2009年6月7日)

写真

見学会の様子(2)ここがポイント!

見学会の実施に当たっては、施工業者である松井建設や監理業者である文化財工学研究所のみなさんにさまざまご協力をいただきました。この場で感謝を申し上げます。この写真は今回の見学会で唯一西側(本丸御殿裏側)を見ることができるポイントでした。このポイントは本丸御殿の屋根の大きさを体感できるポイントで、コース選定の際に、ぜひ見学会のときに見てもらいたいポイントとして、担当者がこだわったところです。見学ポイントまでの通路がやや狭く、見学のみなさんには危険ではないかと指摘されたのですが、現場のみなさんが安全対策を施してくださり、OKになったところです。圧倒的な屋根のスケールを感じ取っていただけた方がいらっしゃれば、担当者としては本望なのですが・・・。

(2009年6月4日)

写真

見学会の様子(1)ご来場ありがとうございました。

平成21年5月30日(土)本丸御殿保存修理工事見学会を実施しました。当日はあいにくの雨模様でしたが、たくさんのみなさんにお越しいただきました。見学会は、仮設内の足場から屋根の解体されて骨組みになった屋根を中心にご覧いただきました。写真のとおり、大人の胸の高さに大屋根の軒が来るような高さのところです。工事用足場なので、一度に大勢の人が乗ると危険なため、10人くらいの小グループでのご案内になりましたが、事故もなく安全に実施できたのがなによりとスタッフ一同安堵しております。ご見学のみなさんも場内でのご注意を守っていただき、ご協力に感謝しているところです。普段では絶対に見ることができないポジションからの風景をお楽しみいただけたかなと自負しております。

(2009年6月4日)

写真

現在の本丸御殿

今日の本丸御殿の内部です。本丸御殿には何度も来たという方でも、この写真を見て「あそこだ!」と分かる方はそれほど多くないと思います。この写真は玄関を入って、受付があったところから南を向いて廊下を撮影したものです。解体作業も最終段階を迎え、床板はほとんど全てはずされています。廊下の床板を支える根太(ねだ)や足固(あしがため)、大引(おおびき)が縦横に組まれていますが、普通の人は歩けない状態です。殺風景ではありますが、木の造形の美しさを感じられる空間でもあります。

(2009年5月21日)

写真

敷居の下から・・・(2)。

以前、ここで敷居の下から三角定規が見つかったと記しましたが、別の敷居の下から先生用のものさしが見つかりました。先生も落としてしまったのでしょうか。あるいは数学が嫌いな子が隠してしまったのかもしれません。敷居の下はまさにタイムカプセルです。5月23日(土)から本丸御殿保存修理工事関連展示「本丸御殿の杉戸絵と川越藩ゆかりの甲冑」展がはじまります。保存修理工事に関する展示コーナーでは、鬼瓦や部材とともに敷居の下の資料も展示します。廃城後の御殿の利用に関する貴重な資料と考えられます。お楽しみに。

(2009年5月13日)

写真

パンフレットを配布しています。

この大型連休は多くの城を見て回る絶好の機会になります。そのせいか、このところ交通機関やスタンプの設置場所に関する問い合わせを多数いただいております。日本100名城の記念スタンプは博物館の受付に置いてありますが、5月7日は休館日ですのでご注意ください。また、修理工事の内容を紹介するパンフレットも用意しました。本丸御殿前や博物館受付の他、市内の観光案内所等で手に入れることができます。遠方からいらっしゃるお客様には特にご迷惑をおかけしますが、完成の暁にはぜひまた川越をお訪ねください。

(2009年5月2日)

写真

床板をはずしています。

屋根部分の解体作業もほぼ完了し、今度は床板をはずしはじめました。写真は廊下部分の床板(縁甲板:えんこうばん)をはずしているところですが、裏側についている短い横木は縁甲板が反らないようにする工夫です。まず先に敷居をはずし、それから縁甲板をはずしますが、敷居の下から大正の頃の1銭銅貨や三角定規などいろいろなものが出てきました。本丸御殿は学校の施設として利用されていた時期もあったので、当時の子どもたちがあやまって落としてしまったのでしょうか。ようやくみつかりましたよ。

(2009年4月24日)

写真

野地板撤去、ほぼ完了。

野地板がなくなると、一気に風景が変わりました。以前から「骨組みを残して解体」という説明をしてきましたが、実際にその状態を見ると、なんと寒々しいことか。もちろん、小屋裏が外からよく見えるので、複雑な木組がわかります。その一方で、「状況を見てください」と呼ばれて、屋根の上に登ることが難しくなってきました。重い瓦屋根を支えてきた垂木(たるき)ではありますが、その細さは細くない僕を支えるのに少なからず不安を感じさせます。

(2009年4月17日)

写真

暗闇(くらやみ)に光が・・・。

屋根の野地板の撤去がはじまりました。解体前の天井裏は暗闇でしたが、野地板が取り除かれたので日光が入るようになり、小屋裏の様子が見られるようになりました。材木が複雑に組まれたその様子は、ある意味芸術的にすら見えます。この写真を撮影するためには当然この状態の屋根を登っていくのですが、下が見えることの恐怖感を肌で感じました。

(2009年4月9日)

写真

屋根の葺き土が取り除かれました。

瓦下ろしが終わり、その下の葺き土が取り除かれました。その下には杉皮が葺かれていますが、今日からその杉皮の除去作業に入っています。この写真は西側の屋根の棟付近から撮影したものですが、瓦がなくなると登るのも大変です。杉皮は横方向の板で留められていますが、部分的には腐ってもろくなっているので、一歩一歩足元を確かめながら登ります。

(2009年4月1日)

写真

博物館土曜体験教室

今日は博物館土曜体験教室「本丸御殿ただいま修理中-修理の現場をのぞいてみよう-」を開催しました。子どもたち向けの見学会ということで、参加者はそれほど多くありませんでしたが、現場のみなさんにご協力をいただいて、今の本丸御殿の様子を見てもらいました。工事前の本丸御殿を知っている人が多かったので、足場に囲まれ畳や建具がなくなった変わり果てた本丸御殿を見て、みなさん驚いていたようです。とくに足場に上がると、はじめての足場にとまどう子や、間近に見る屋根に驚く子、屋根の葺き土を触る子など、みなさん楽しんでいただけたようです。

(2009年3月21日)

写真

材木が届きました。

今回の修理工事では、事前の調査で傷んでいる部材がある程度わかっています。今後、解体が進むとさらに傷んでいる材が増える可能性はありますが、現段階で使うことがわかっている木材の一部が現場に運ばれてきました。今回の木材は岐阜県産のものを多く使用します。棟梁のお話では、今回の工事では木材を大量に使用するので、品質が安定しているとされる「飛騨(ひだ)材」がよいとのことでした。現場には木の良い香りが漂っていました。

(2009年3月12日)

写真

瓦を選んでいます。

今回の修理工事では外した瓦を清掃して、再使用できるものは再び屋根に使います。ところが、既に割れていたり、ヒビが入っているものも少なくありません。不足した分は新たに作らなければならないのですが、当初の瓦がどこで焼かれたものかわからないため、まったく同じものというわけにはいきません。追加する瓦はできるだけ風合いが似ていて、軽量で強いものが望ましいところです。今日は瓦屋さんの親方がサンプルを持ってきてくださったので、現場監督・監理者・担当者で比較しながら検討しました。写真の4点ですが、見た目はあまり変わらないものの親方の説明を聞いていると、なるほど違いがあることがわかりました。結論はまだ出ていませんが、このような細かな仕様についても、折に触れて議論をしています。

(2009年3月12日)

写真

平瓦を外しています。

瓦は軒から順に積まれていますので、外すときは上から外します。また、正面側だけを外すなど一方向だけを外してしまうと建物のバランスが崩れるため、両側を交互に外していきます。瓦の下には葺き土(ふきつち)が葺かれていますが、写真は北東角の部分の葺土を外したところで、下地に杉皮が葺かれていることがわかります。瓦は大棟下から軒まで正面側で47枚、裏側で56枚葺かれていました。

(2009年3月12日)

写真

鬼瓦が降りました。

本丸御殿のシンボルの一つ、大棟北側の鬼瓦がはずされました。下から見ても大きく、足場ができて近くで見ても大きかったのですが、屋根から下ろして自分の足元で見るとさらに大きく感じられます。28にも書いたとおり、鬼瓦は7つのパーツで構成されていますが、それぞれが銅線の束で留められていました。鬼瓦の裏側は影盛(かげもり)といい、漆喰と瓦で作られていますが、風雨にさらされる部分でもあり漆喰ももろくなっていました。瓦降ろしが終われば、次は内部の解体ですが次に鬼瓦が戻されるまで、いわゆる「鬼の居ぬ間」ということになります。

(2009年3月5日)

写真

鬼瓦のおまけ。

鬼瓦には箆描き(へらがき)で文字が書かれていました。 「弘化四丁未年 四月吉日 瓦師 忍田久次郎」 と読めます。弘化3年に二の丸御殿が焼失して、本丸御殿が建てられたわけですが、この瓦はちょうど1年後に焼かれたことになります。また、大棟の中には和釘(わくぎ)と呼ばれる当時の釘で打ち付けてある部分が見られ 、当時の大工が打ったものかと思うと、屋根の上で足をすくませながら感動しています。

(2009年3月3日)

写真

北側の鬼瓦です。

下から見ていてもその大きさは充分に感じられますが、近くに寄って見るとやはり大きいです。よく見ると鬼瓦は7つの部品からできているのがわかります。葵(あおい)の文の部分、それが取り付けられた鬼板(おにいた)の部分が2ピース、左右に伸びた鰭(ひれ)がそれぞれ2ピースずつ。これを博物館に展示しようと思っているのですが、かなり重そうなので、展示ケースが耐えられるか少し心配になっています。

(2009年3月3日)

写真

屋根の解体がはじまりました。

屋根の解体は一番上の大棟(おおむね)からはじまりました。もちろん、瓦の上はそのままでは作業できないので、足場がつけられています。それでも、いつしか足に力がはいってきて、片手は何かにつかまっていなければ落ち着かない状態です。降りたあと、筋肉痛になっていました。

(2009年3月3日)

写真

素屋根が完成しました。

更新が遅れましたが、素屋根が完成しました。途中、雨と雪と強風に悩まされましたが、とりあえず一安心。これで解体準備が整いました。なにより、足場を上がるときの恐怖感が少しだけなくなりました。

(2009年3月3日)

写真

外国からのお客様です。

筑波大学のお招きで来日されたSiegfried EndersさんとDaniel Lefèvreさんが見学にいらっしゃいました。お二人ともドイツ・フランスで町並みや木造建築の保存などをご専門とされており、熱心に現場をご覧になっていました。

Danke schön. Wir hoffen, dass Sie uns wieder besuchen, sobald die Renovierung beendet ist.

Merci beaucoup. Nous souhaitons que vous reveniez un jour chez nous après l'achèvement des travaux.

(2009年2月21日)

写真

これは何でしょう?

素屋根が立ち上がり、足場が組まれたので、今まで見ることのできなかった風景が見えるようになりました。この写真は軒の高さにある足場から見たものですが、玄関の唐破風(からはふ)の軒下にある懸魚(けぎょ)と呼ばれる木製の飾り板です。下から見ても大きいのですが、足場から同じ目線で見るとド迫力です。

(2009年2月13日)

写真

足場を組んでいます。

今回の保存修理工事では瓦を下ろして葺き替えるので、その間に雨がかからないよう覆屋(おおいや)を掛けます。建物全体を囲いますので、本丸御殿よりも一回り大きなものになります。中には作業用足場も設置し、職人さんたちの通路になります。屋根を支える部分もだいぶできました。足場の高さと本丸御殿を比べてみると、覆屋の大きさも想像できると思います。

(2009年2月5日)

写真

ラクガキを拡大しました。

前回の「ラクガキ」について、どれがラクガキかわからないという声がありましたので、拡大しました。「四月二八日 遠足」と男子の字でしょうか、力強い筆致の中に、遠足への期待や高揚感が表れているように感じます。書いた本人も、まさかインターネットで世界中の人が見るとは思っていなかったことでしょう。しかし、くれぐれもラクガキをしてはいけません。

(2009年1月23日)

写真

ラクガキ発見。

現在、解体中の便所棟の壁にラクガキがありました。この壁は、昭和42年に修理された壁の下にあった壁で、現在の市立初雁中学校の施設として使用されていたときの壁と思われます。よほど、4月28日の遠足が楽しみだったのでしょう。文化財建造物はもとより、ラクガキすることはよいことではありません。しかし、戦後間もない頃の中学生にとって、「遠足」は重要なイヴェントであり、ラクガキの犯人にとってはラクガキしなくてはいられないものだったのでしょう。かといって、公開後の見学時のラクガキは遠慮いたします。

(2009年1月16日)

写真

屋根に登ってみました。

屋根の解体作業中に便所棟の屋根に登ってみました。もちろん、物見遊山などでなく、今後の方針の打ち合わせです。瓦の種類の違いをどう考えるべきか、葺き方の違いの意味はなど、瓦職人の親方から説明を聞きました。でも、本体部分の大屋根は圧倒的な迫力で、驚きました。普段では絶対に見られないこのような景色を、これからもお伝えしていきたいと思います。。

(2009年1月8日)

写真

あけましておめでとうございます。

年もあらたまり、本丸御殿保存修理工事もいよいよ本格的に進みます。現在、御殿を覆う素屋根を設置するため、本体部分と南西に付属している便所棟との切り離しの準備を進めています。今日は瓦の撤去です。明治以降の時間の中で、瓦の部分的な交換が幾度かあったようで、瓦の種類が何種類かありました。これから分別して、使えるものは再使用します。

(2009年1月8日)

写真

貼付け完了しました。

空模様が怪しくなってきた午後2時半過ぎ、シートの貼付けが完了しました。担当者の想像を超えるほど圧倒的で、大きいものでした。この頃にはシートの前で記念写真を撮られている方もいらっしゃいました。年始には初詣などで川越にいらっしゃる方も多いと思いますが、このシートに少しでも足を止めていただけたら幸いです。

(2008年12月22日)

写真

掲示板も取り付けました。

仮囲いの玄関部分は2mほどアクリル板になっていますが、その両脇には掲示板を設置しました。ここに工事の内容や予定、博物館からのお知らせなどを掲示します。

(2008年12月22日)

写真

グラフィックシートを貼っています。

現場の周囲を取り囲む仮囲いの東側部分にグラフィックシートを貼付けました。内容は川越城や本丸御殿に関する絵図や、修理前の本丸御殿内部の様子を写した写真などです。仮囲いの鋼板に写真をプリントアウトした特殊なシートを貼り付けます。作業中は通りがかった観光客の方や子どもたちも足を止め、興味深そうに見ていらっしゃいました。

(2008年12月22日)

写真

土壁のサンプルです。

長押(なげし)の上の土壁を切り取り、内部の構造を確認しました。中央部分に見える半円形のものは竹を割って作った小舞(こまい)です。上面の白漆喰(しっくい)は昭和42年の修理の際に塗られたもので、その下に漆喰があるため、この修理ではこの部分の壁は壊していないことが推測できます。では、下の漆喰や小舞はいつのものかということになりますが、このサンプルだけではわからないので、今後、解体をしながら分析をしていきます。

(2008年12月20日)

写真

付属建物の天井を外しました。

本丸御殿の南西に付属する便所棟の部分は一部を解体して切り離します。物置と廊下の部分ですが、天井を外すと、太い丸太を用いた小屋組が現れました。一見すると古そうに見えますが、江戸時代の本丸御殿にはこの部分に建物がなかったことが絵図で確認されているため、明治以降に増築されたものです。

(2008年12月10日)

写真

土壁が出てきました。

本丸御殿の壁には昭和42年の修理の際、一部に石膏ボードを使用したと報告書にありました。しかし、どの部分がボードで、どの部分が伝統的な土壁かわかりませんでした。見つかった土壁は長押の上の部分にあり、いつごろのものか、これから調べていきます。

(2008年12月10日)

写真

杉戸の引越しです。

本丸御殿の広間を飾る杉戸絵を外しました。当時の御殿の豪華さを偲ばせる大きな板戸ですが、保存修理中は博物館の収蔵庫で保管します。せっかく博物館に移動させたので、館内で御覧いただけるような展覧会を検討しています。

(2008年12月4日)

写真

グラフィックシート作成中。

仮囲いには、グラフィックシートを貼ります。川越城や本丸御殿に関する資料や写真を大きく伸ばして貼るのですが、とにかく画面が大きいので、説明文の文字の大きさを決めるためにサンプルを貼ってみました。内容はほとんどできていますので、もうじきみなさんに御覧いただけると思います。

(2008年12月4日)

写真

地元ケーブルテレビの取材です。

今回の保存修理工事を市民のみなさんに見ていただくため、地元の川越ケーブルテレビさんに取り上げてもらいました。今日は番付の作業で、棟梁に説明していただきました。

(2008年12月3日)

写真

番付ってこんなもの。

番付は小さな板片に書かれています。これを部材ごとにつけているので、場所によってはこんなに花盛りになります。解体されてしまうと元の情報がなくなってしまうため、解体前の重要な作業です。

(2008年12月3日)

写真

番付をつけています。

今回の保存修理工事では、骨組みを残して解体するので、これまで使われていた部材の状況を確認しておかなければなりません。そのため、部材ごとに名札(番付)をつけます。番付は建物のどこにあった部材かがわかるように、記号で記しています。それぞれの部材は、この番付ごとにどこが割れているか、どの程度傷んでいるかなどが記録されます。

(2008年12月3日)

写真

仮囲いが立ちました。(その1)

工事中は現場の中の安全確保のため、このような仮囲いでまわりを囲います。でも、中の様子が見たい方のために、玄関部分は透明なアクリル板になっています。高さ3mの大きなものですが、ここに巨大な写真を使った展示を予定しています。

(2008年11月12日)

写真

仮囲いが立ちました。(その2)

設計図を見たときには感じませんでしたが、高さ3mは、やはり高いです。現在、展示の原稿を作成中ですが、せっかく来ていただいた方にも楽しんでもらえるような展示を考えています。

(2008年11月12日)

写真

木も引っ越します。

本丸御殿の周囲にあった樹木も移植しています。工事期間中は別のところで預かってもらい、工事終了後に帰ってきます。無事の帰還を祈ってます。

(2008年10月23日)

写真

さよならセイタカアワダチソウ。

屋根の上にセイタカアワダチソウが伸びていました。

(2008年10月21日)

写真

駕籠も引っ越し。

本丸御殿の中に展示してあった駕籠(かご)を博物館に移動しました。

(2008年10月21日)

写真

最後の勇姿。

修理着工前の最後の姿を見ようと、ここ数日たくさんのお客さんが見学に訪れました。10月18日、19日は川越まつりが開催されていたこともあり、特ににぎわいました。来ていただいたみなさん、どうもありがとうございました。

(2008年10月19日)

写真

ブログはじめます。

このページでは、工事の進捗状況を適宜お伝えしていきます。基本的には月1回の更新を予定しております。次回をお楽しみに。

(2008年10月10日)